この一週間、いろいろと思うことがあって、ブログに書きたいこと
がたまってきているのですが、ちょっと今日は、先ほどテレビで
観た映画で思ったことをほやほやで書きたいと思います。
夜10時頃、長男が「テレビで『山本五十六』の映画、やってるで~」
というので、途中からでしたが観ることにしました。↓
映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』公式サイト「戦争もの」というのは、ドラマにしろ、映画にしろ、製作者や
取り上げるメディアに明らかに意図的なものが見えて
最近は特に避けてきていました。
「意図的なもの」というのは
「平和憲法死守」、「9条死守」へと導くこと。
また、「日本が悪い」「日本軍が全て悪い」へと導くこと。
この2点です。今回の映画は、どちらかといえば「山本五十六の人となり」が
中心だったように思うので、それほど、意図的な方向へ無理矢理
向かわせるようなインパクトは少なかったように思います。
いわば、日本軍を取り上げる映画でよく見受けられる、
怒号のような声が何度も響く、ぶん殴る、という場面が少なかったことで、
ある程度穏やかに、また静かに観ることができたからだと思います。
私がこの映画をみて改めて思ったことは、
今を生きる自分たちが、今の価値観のままで、
この苦難の時代を生きて日本という国を
守ってくれた先人たちに対して、いとも簡単に
批判したり文句を言うことがどれほど恥知らずで
醜い行為であるか、
と言う事です。
日本国が滅ぶかもしれない。日本民族が滅ぶかもしれない。
白人至上主義がアジアを植民地化し、列強がひしめく中、
かろうじて耐えて来た日本が、ABCD包囲網による兵糧攻めで、
否応なしに戦争へと突入していかなければならなかったあの時代。
人間とは見做されずに奴隷として生きていくのか、
それとも人間としての尊厳を守り切れるか。そんな、今の時代からは信じられない異常な人種差別の中で、
日本国を守ることの、想像を絶する厳しさの中での決断。
細部における判断について、いわゆる、参謀、戦略についての
判断をここで取り上げるつもりはありません。
とにかく「極限状態」であったあの時代において、
兎にも角にも日本を守る為に先人が命を懸けて
戦ってくださったことに頭を垂れなければいけないと思うのです。
戦争には負けました。
しかし、私たち日本人が「人間」として、「日本人」として、
生きていけるのは誰のお陰であるのか、
もう言うまでもありません。以前、保守ブログのコメント欄で、吉田ドクトリンを徹底的に
叩く人たちがいました。
吉田茂は、GHQに無理矢理押し付けられた憲法をそのままにし、
軍隊も再編しなかったとか、吉田は経済だけに走ったのだ、とか云々・・・。
その時代の吉田茂の判断をそんな風にいとも簡単に批判して
良いものなのか、と私は反論しました。
今からでは想像を絶する、敗戦後も7年間占領下に置かれた
日本で、それこそ辛うじて「アカ」=所謂「共産主義」に取り込まれる
ことなく、また、本州と他の九州や四国、北海道が完全分断し、
別物の国家になるという最悪の事態を辛うじて免れ、
「日本国」が天皇陛下と共に生き残ったことが私には「奇跡」にも思えます。そんな極限状態の中で、また、国民が餓えに苦しみ続けている中、
また、多くの犠牲者を出し、余りにも喪失するものが大きかった中で、
やれ、また軍隊だ、なんだと言えるはずなどないのです。
国のトップがこの非常事態の中で最優先すべきものとは、
心身ともに疲れ果てた国民を如何に生き延びていかせるか、
いかに未来への希望を持って生きていくことが出来るのか、
そう考えた時に、国民を飢えから救う、そして生きる糧を与える、
それを真っ先に考え、実行し、またそれから後も
「日本国はどうあるべきか」ひたすらに考え続けたのも吉田茂本人では
なかったかと思います。
朝鮮戦争が勃発しても兵を出すことを拒否し、ひたすら経済に
力を入れた吉田の方針が間違っていたなどと、歴史の結果だけを
見て簡単にいうことなどできません。
いや、してはならないだろうと思います。
この「究極の選択」は、外圧が押し寄せてきた時代の明治政府も、
また、韓国併合を最後まで反対したという伊藤博文も、
その他多くの政治家が、強いられてきたであろうと察するのです。
上にも書いたとおり、私は以前、ある政治ブログのコメントで、
何度か自分の思いを書きました。
二つの記事にそれぞれ書いたコメントです。それをピックアップしてみました。
内容が重複するところも多々ありますが、その時の思いは自分も
決して忘れてはいけないと思いながら、書いたものなので
自分のブログにも残しておきたいと思います。↓
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吉田茂は、防大の卒業式で
「君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。
どうか、耐えてもらいたい」と言っています。
政治家も同じだと思っていたに違いありません。 そして麻生さんはその言葉をしっかり理解しているからこそ、
今以って日本の国益のために陰ながら動いてくれているのではないですか?
当時の世界の情勢。国民の意識。
その他を考慮しても究極の選択で
あったことは間違いないと私は思います。 どの国も他国のことなど考えてはいない。
その中での駆け引きで勝つか負けるか。
100%外交で勝つことなど難しい。
ましてや「敗戦国」なのです。 より良い結果を引き出すことがどれほど難しいことか。
その後の吉田茂の苦悩も含め、何もかも全否定することは、
私にはできません。
あの時代の人達を現代から、いとも簡単に批判すること自体が
間違っていると、それが保守の思いの1つではないのですか。
その時の政治家や関わった人たちの思いはバッサリと切り捨てるのですか。
全否定をしてきたことで日本が誇りを失い、間違った方向へ
行ってしまったのではないのですか?
この国を懸命に守ってきた人たちを何故それほどまでに
糾弾するのか私には分かりません。
悔しい思いをしながら死んでいった人たちの思いは
忘れてはいけない。
政治家を何でもかんでも叩くことで前に進むことなんて出来るのですか?
歴史を知ることは先人のその時の思い、辛さ、苦難、苦悩を
知ることではないのですか。
それは今に生きる私達には到底想像も付かないほどに
屈辱や耐えがたいことの連続であったのではないですか?
その中で
命がけで日本を守り戦った人たちに
感謝の気持を持とう、誇りを持とう。
そのために「「歴史を知る」のではないのですか? 戦後でも様々な圧力の中で戦ってきた政治家が
全くいなかったとは私は思えません。
その時その時に国を守った政治家がきっといたはずです。
でも私にはその評価すべき政治家がなかなかわからない。
どれだけの「志ある政治家」が潰されてきたのか私は知りません。
今までの日本の政治家を全て悪のように思う事が間違いではないか。
そこから脱却しないと見えるものも見えない。
麻生さんは(祖父、吉田茂について)
「あのとき、経済復興に最重点をおいて、
アメリカ側に属し、軽武装でいくという選択をしたから、
今日の日本があるのだと思います。 」
と書いています。
また、
「小学校6年の時、何の話だかよく分からないけれども、
サンフランシスコから親父とお袋が帰ったら、私の家は
焼かれるんだなというくらいの覚悟はあリましたね」
と書いています。 人の批判などいくらでも出来ます。
ましてや過去の歴史を結果として知っている私たちは、
簡単にその結果から過去の人を批判できるのは当然です。
私は麻生さんを見ても、吉田茂という存在の
大きさを考えずにいられません。 それと同時に100パーセントの人間はいないし、
100%自分の思い通りになる世の中はないです。
現実は厳しい。
100パーセント否定ならば、私は、また一人の政治家を
非難しなければいけなくなります。
あなたのいっていることは吉田茂の全否定です。
私にはそれは出来ません。吉田茂という人となりは
麻生さんからも想像します。そんな吉田茂という人の
その時の思いも私は自分の思いの中に入れたい。
========================以上。【2010/12/18】
========================
『先人への思い・・。』
歴史を振り返る時、その時代の背景や状況を
汲むことが如何に大事であるかを
最近、より考えさせられます。
また、全ての人間が「良し」といえる行為、
100パーセント納得出来る行為がこの世の中に
どれだけあるだろうかと考えます。
加えて、「完璧な人間」など絶対にいないのです。 「せざるを得ない状況」に追い込まれる、あるいは、
いくつかの選択肢の中から当時の状況を踏まえて
「前へ進むか、引き下がるか」、その決断の如何によっては
多くの犠牲が出ることもある、当然ではありますがそういった決断が
間断なくあったのだろうと想像します。
そして、それらの決断は、今の時代よりも極めて過酷であったと考えられます。
今の民主党政権を見ていると、シロウトでも
「それはやってはいけないだろう」と判断できることを平然としでかしています。
「売国」ですから勿論確信犯的なものもあるでしょうし、本当に
無知無能によりさらけ出した愚かな政策や決断が山ほどあるのは
周知の通りです。
それを目の当たりにすればするほど、「インパール作戦」
が「間違っていた」と今の時代の者たちが簡単に決め付ける
ことなど、出来るはずがないと思うのです。
ある部分だけを切り取ってそこだけ見れば、もしかしたら
方法が間違っていたかも知れないと思うかも知れません。
また当時死にかけた人たちの中には、あとで当時を振り返り
『自分は単なる「駒」だった』と思われた方もいたであろうことは
想像に難くありません。
でも、いつ、そういった「命を軽く見られていた」というような
感覚が芽生えたのか私たちには分かりません。
今の「陸軍は悪玉である」という「前提」が既に成り立って
しまっている中で、この「インパール作戦」を一方の方向からのみ
見るのは、まんまと反日左翼に洗脳されているのと同じだと
思わざるを得ません。
今の時代は何よりも「命」が大事だと教えられています。
鳩山は「命を守りたい」と言いました。聞こえのいい言葉です。
今、「命よりも大切なモノがある」と政治家が言えば叩かれるでしょうね。
元自衛隊員だった自民党の宇都隆史参院議員が、
この言葉を昨年の参院選での街頭演説で訴えていましたが、
あれは本当に「タブーを打ち破るほどの衝撃」だったと思います。
「命よりも大切なものがある」このことをどうやって国民に
納得させていくか、これからの教育でもそして政治を全うに
やっていく上でも考えていかなければいけないことだと思います。
「僕らはみんな生きている」という歌がありました。
歌は「思想」であり、「理想」です。
日本人はそれを実現しようとする民族です。
だけど、世界は違う。
かつて、日本は白人社会の奴隷になっても
おかしくなかった。
それを先人たちは拒否し、現代の私たちが
「人間」として認められた生活を送れる環境を
護るために戦ってくれた。
これが「嘘偽りのない真実」ではないでしょうか。 やり方がどうのこうのは「参謀」の域でしかありません。
多くの犠牲を払ったのも事実です。
でもその多くの犠牲がなければ私たちは今、
「奴隷」としてしか生きられなかった。
それを思えば、先人に「ケチ」を付けることなんて
出来ません。
あの時、先人たちは苦渋の決断をした。
自分たちの命を失ってでも白人の奴隷には
ならないのだと。
先人たちは選んでくれた。
そして、あの時、もし、今の売国民主党なら
「逃げること」を選んでいたでしょう。
「戦うことから逃げる。奴隷になってもよいから」
そういう判断をしていたと思います。
(そして彼らは自分たちだけ助かろうとしたに違いありません。)
それこそが当時の「絶対にやってはいけない判断」だった。
先人はその「絶対にやってはいけない判断」を
しなかった。
先人たちは「逃げなかった」んです。
戦うことから逃げなかった。
そしてそれは、外交努力をギリギリまでした上での、
本当に「苦渋の決断」だったと。 それぞれの作戦で判断の誤りは多かれ少なかれ
あったと思います。
そのことを歴史の上で大きく取り上げるのは
主旨が違ってきます。
その検証は自衛隊の参謀ががやるべきことだと思います。
やり方がどうのこうの、と細微についてあるのは
当たり前だと思います。
でもそれに対しても、ハイテクでもない時代に
「生身の人間」の先人たちが今の時代のリスクなど
比べものにならないほどの危険な中で戦ってくださった。
本当にどれだけ苦しかったことか。
国民は先人たちの何を見るべきか。そこだと思うのです。
此の事に対して今を生きる我々が
「本当に本当に命を賭けて戦ってくださってありがとう」
そう言わずしてなんなのだろうかと思うのです。 しかし、その「苦しかった思い出」を持つ心の中にまで、
反日左翼連中は土足で入り込み、
「あなた達をこんなに苦しめたのは
日本軍の上に立つ者たちだったのですよ」
と煽り立て「国を憎む」方向へと仕向けていったのも
彼らです。 そのやり方は今も同じ手法です。
病気で苦しむ人達や生活に苦しむ人達、
不慮の事故でなくなった遺族らに擦り寄ってきて
「あなた達がこんなに苦しい思いをしなければ
いけないのは全て日本という国のせいだ」と囁く。
そして、国を相手取って訴訟を起こす。
東京大空襲訴訟を起こす人達がいました。
「被害者」らは反日左翼に丸め込まれ、原告側に名を連ね、
驚くことに日本国に謝罪と賠償を求めました。 全ては日本を咎めるため。
それも日本人にまで日本という祖国を
咎めさせるため。
こんな悲しことはありません。 マスコミがそれを煽り、国民は国に対して
「嫌悪感」を持つ。
「愛国心」を失わせ、国に何が起こっても
国のためになんぞ動かない、という国民を
たくさん作り出す。
日本人自身による日本の破壊。
これほどに悲しいことはありません。 今、沖縄が完全にその煽りに乗ってしまっていますが。
すべてを賛美しているのではありません。
ただ、今まで余りにもその当時に過酷な状況、
「奴隷として生きるのか、人間として生きるのか」
という、今では想像もつかない過酷な状況で
先人が下した決断と命がけの戦いに、
自分たちが先ず何をすべきかを考えれば、
「先人の方々が命を賭して戦ってくださったお陰で、
私たちは今、こうして生きています。
本当に有難うございます」と
頭を下げるべきではないかと思うのです。 戦後の歪められた「命の大切さ」の中で
当時のご自分の戦いを「殺人者」のように自虐的に
捉える方がもしいらっしゃったら
「いえ違います!!あなたは私たちを、
子孫を守ってくれたではありませんか!!」
と伝えるべきだったのだと。
戦ってくれた先人たちを「間違った自責の念」に
追い込んできたのは戦後の歪んだ教育に
洗脳された私達自身であり、先人が
「私たちは日本を守るために戦ったんだよ」と
堂々と胸を張って言える時代にしなければ
ならなかったのに、その言葉を伝えることなく
時代はすり抜けていってしまいました。
戦争の多くを語らなかった方達(私の親戚にもいます)は
そういった戦後の思想に口を閉ざされたのだと思います。
間違った「自責の念」などを持たせてしまったのは
戦後の私たちです。 申し訳ない気持ちで一杯になります。本当に申し訳ない・・。
「靖国で会おう」と言って戦ってくださった
先人の方々に、国が、そして国民が
「ありがとうございます」と頭を垂れることの
どこが間違っているのか。 先人を批判する前にしなければいけないことはなんなのか。
そこに視点を置かなければ、私たちが生かされている
意味さえ自分は分からなくなってしまいそうです。
自分たちを生かしてくれたのは何故か。
恵まれた高度成長期の中で育ってきた自分が
こうして反日に苦しむのは当然の事なんだろうと思います。
「産みの苦しみ」とでも言うのでしょうか。
今がそうなのだという気がするのです。
国民が気付き覚醒する時を先人はきっと
望んでいるはずです。
「どうか分かってくれ!!気付いてくれ!!」」と
叫んでいるように思えて仕方がありません・・・。
===================以上。【2011/02/17(木)】
3年3ヶ月に及ぶ民主党政権。
普天間も、八ッ場ダムも、尖閣も、宮崎口蹄疫も、
東日本大震災も、各地で起きた水害や雪害も、
民主党政権は日本国民を蔑ろにしてきました。
その陰で必死でこの日本を守ってきたのは自民党でした。
民主党政権は日本人のための政権ではなかったのです。
日本人の敵だったということです。
しかしマスコミは真実を伝えず民主党擁護し続け、
自民党に対して「何もしてこなかった!!」と
公共の電波で断言しています。
そして彼らマスコミはかつての日本軍を
どう伝えているか。
「日本軍は全て悪」です。
恐ろしいことに、歴史教科書でも同じことが
なされているのです。
私たち日本人は学校教育によっても、かつ
社会によっても、かつてこの国を守ってきてくれた
先人たちを全否定してきたのです。
先人の全否定はすなわち
「日本人は悪いことをした」
「日本人は誇りなど持つことを許されない民族である」
との刷り込みに他なりません。安倍総理が目指しているものは、この
「日本人自身による日本への異常な全否定」
からの脱却です。
そうです、戦後レジームからの脱却です。
「日本の誇りを取り戻す」ことなのです。
「日本を取り戻す」とは、そういうことなのです。
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