天皇皇后両陛下の「パラオご訪問」から思うこと。パラオ、台湾、「祖国を護るべく」との陛下のお言葉・・。先人を偲ぶことの大切さ・・。
- 2015/04/12
- 07:25
英霊の皆様の御霊もきっと慰められたと存じます。
ご遺族の皆様方も喜ばれていて本当によかったと
心から思います。
とにかく胸がじ~んとし、目頭も何度も熱くなってしまった
両陛下のご訪問・・。
散々マスコミやサヨク連中に「ネトウヨ」と罵られてきた
保守派の人たちが長い間ずっとネットでコツコツと掲示板や
ブログ、そして動画などで伝えてきた親日国パラオと、
その国旗の由来、また激戦地となったぺリリュー島での
日本軍の行動などが天皇皇后両陛下のご訪問によって
僅かだけでも表に出てくることとなったことにも感慨が
あります。
そして、若い人たちがあの美しいパラオという国に大きな
関心を寄せてくれて、なぜあれほどまでにパラオが親日国
であるのかをもっと知りたいと思って、より詳しい「事実」と
いうものを知る機会となってくれたら英霊の方々もきっと
喜んでくださるのではないか・・。
またこれをきっかけに「パラオに行きたい」と思う若い
人たちが増えてくれたら本当にうれしいと思います。
「美しい島だから」
これに
「パラオの人たちの優しさに惹かれたから」
が加われば、パラオに足を運ぶ日本人ももっと増えるでしょうね。
そこから日本統治時代を受け継ぐパラオの人たちと
直接触れる機会を得て、また、更に英霊への思いを
築くことが出来たらなぁと・・。
ツイートでも素敵な言葉がありました。↓
パラオで島民を巻き添えさせまいと戦った日本軍将兵の皆様、この光景を見て下さい。あれから70年もの月日が経つというのに、天皇皇后両陛下の訪問を心待ちにしている人々がいます。共に生活した日本人の心優しさが、今も語り継がれているからでしょう pic.twitter.com/TL3n0BfJ7E
— ShounanTK (@shounantk) 2015, 4月 8
https://twitter.com/shounantk/status/585724534784819200
★2015年4月8日
パラオで島民を巻き添えさせまいと戦った日本軍将兵の皆様、
この光景を見て下さい。
あれから70年もの月日が経つというのに、天皇皇后両陛下の
訪問を心待ちにしている人々がいます。
共に生活した日本人の心優しさが、今も語り継がれているからでしょう
(´;ω;`)ブワッ
【親日パラオ】
パラオ共和国の海底に眠る陸軍徴用船
「てしお丸」
この船と乗組員たちの命日3月30日に
自らその船体に潜り献花黙祷を捧げる
のは
トミー・E・レメンゲサウJr.
現パラオ共和国大統領です。 pic.twitter.com/Yrela1FyCr
— Hiroki (@arigatou45671) 2015, 4月 2
https://twitter.com/shounantk/status/585800391415070720
★2015年4月2日
パラオの海底に眠る
日本軍徴用船 「てしお丸」
撃沈された3月30日
海底に潜り
この船と乗組員達に献花し
黙祷を捧げてくれた
パラオ人がいる
ありがとうございました
トミー・E・レメンゲサウJr
現パラオ共和国大統領 閣下
・゚・(ノД`)・゚・
本当にありがとうございます・・・。
ペリリュー州のシュムル知事も、慰霊が行われる4月9日を
「天皇皇后両陛下ご訪問の日」として、今後も州の祝日と
することを法律で決定したと、7日、初めて明らかにしました。
パラオの全ての方たちに対して「感謝」と「ありがとう」の気持ちで
いっぱいになります。
今回、両陛下はアメリカ軍の慰霊碑にも追悼の祈りを捧げられ、
献花もされました。
硫黄島で、近年ずっと日米合同の慰霊祭が行われていることを
思い出しました。↓
★橋下は先人に敬意を持っていないから、ああいう暴言を平気で言える。
栗林中将の孫である新藤義孝・前総務相も語っていた
「恩讐を越えて」という言葉。
その言葉を今回も思い出しました。
また、今回両陛下が宿泊された海上保安庁巡視船「あきつしま」。
この「あきつしま」という名前の由来はこうでした。↓
★秋津島 WIKI
秋津島
日本の本州の古代の呼称。
日本最古の歴史書『古事記』(712年献上)では「大倭豊秋津島」
(おおやまととよあきつしま)、また、同じく歴史書『日本書紀』
(720年完成)では「大日本豊秋津洲」(おおやまととよあきつしま)と、
表記している
両陛下が船内泊にされた理由は色々配慮をされてのことと
報道されていましたが、多くの英霊の眠る海の上に浮かぶ船、
しかも「日本の本州」を意味する名前のついた船に宿泊された
ということ自体にすごく意味があるように感じます。
天皇陛下の「思い」や「胸中」を簡単に語ることなど
出来るはずがありません。
でも、どれだけ強い思いでパラオの地へ向かわれたのか。
その強さだけはただただまっすぐに伝わってきます・・。
今回の天皇皇后両陛下のパラオご訪問を台湾人のChrisさんが
喜びを込めてツイッターで発信してくれていました。
彼女のツイートは今までも何度か拙ブログで紹介させてもらって
いるのですが、いつも本当にいろんなことを教えてくれます。↓
★台湾の若者の声は日本に足りないものを教えてくれる。
「兎死狐悲」の意味を多くの人に知ってほしい。
★台湾の「多桑(トオサン=父さん)世代」と若者世代から
日本が学ぶこと。
そして、Chrisさんのツイートから派生して知ることとなった
台湾の6月の卒業式で歌われる「仰げば尊し」こと「「青青校樹」↓
★6月の台湾の卒業式で歌われる「青青校樹」と日本の「仰げば尊し」。
残していきたい美しい言葉。美しい日本語。
★「兎死狐悲」
★「多桑(トオサン=父さん)世代」
★「青青校樹」
特に「青青校樹」(日本の「仰げば尊し」)の歌詞は、
本当にすばらしく、また羨ましくもありました。
台湾が残してくれている「日本精神」を日本人は
取り戻せるのか?
そのことを何度も何度も考えてしまいました。
日本統治時代を今も大切にしてくれる「親日国」台湾と
中国によって「翻弄」され「苦悩」する台湾・・・。
彼女のツイートはその2つの相反した「現実」というものが
ひしひしと伝わってきます。
両陛下のパラオご訪問に関しての台湾での報道も
Chrisさんのツイートから知ることが出来ました。↓
天皇.皇后両陛下パラオご訪問、今日台湾報道、中視は国民党のマスコミが、良い評価=「パラオ政府と国民が凄く熱烈に歓迎!両陛下は追悼、供花、元兵士遺族らとご懇談、声を傾け、両陛下の慈愛で慰めた!終戦70年の頃に積極的に正面の意義がある!」https://t.co/PzdwTBLeTO
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 10
https://twitter.com/bluesayuri/status/586490508471447552
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月10日
天皇.皇后両陛下パラオご訪問、今日台湾報道、
中視は国民党のマスコミが、良い評価=
「パラオ政府と国民が凄く熱烈に歓迎!
両陛下は追悼、供花、元兵士遺族らとご懇談、
声を傾け、両陛下の慈愛で慰めた!
終戦70年の頃に積極的に正面の意義がある!」
★【中視新聞】日皇夫婦訪帛琉 悼念二戰陣亡將士 20150410
パラオは台湾と国交は1999年に樹立、ずっと凄く仲良くしてるよ!台湾政府は12億ドルをパラオに援助、首都を築いた。パラオの医療が不足で、台湾側は医者を派遣し、重大な疾病は台湾へ運ぶですよ!台湾の人道立国精神、中国が勝てれないよ!#台湾 pic.twitter.com/ycWXgxdXON
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 9
https://twitter.com/bluesayuri/status/586173091497189376
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月9日
パラオは台湾と国交は1999年に樹立、
ずっと凄く仲良くしてるよ!
台湾政府は12億ドルをパラオに援助、首都を築いた。
パラオの医療が不足で、台湾側は医者を派遣し、
重大な疾病は台湾へ運ぶですよ!
台湾の人道立国精神、中国が勝てれないよ!
私はパラオと台湾が国交を結んでいたことを、ついこの間まで
知りませんでした。
知ったのはあの隆大介が台湾の空港で起こした暴行事件に
関するブログ記事を書いていた時でした。↓
★隆大介の台湾での事件から思うこと。
日本は変われるだろうか?台湾やパラオのように。
中国や韓国に対して、毅然とした態度を見せてくれる、
台湾とパラオ。
どちらも日本統治を経験した親日国。
パラオや台湾のようになりたい、なれるだろうか、と、
記事を書いてるときに思いました・・。
台湾人はパラオへよく行く以外、サイパンもかなり台湾人がよく旅に行く所です。サイパンに観世音も慰霊碑もずっと英霊を守ってくれるよ!台湾人はよく花束を捧げ、多くの英霊に対し追悼の祈りをささげ、日治を偲びながら、平和への思いを馳せるよ! pic.twitter.com/71UVEhCGy4
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 9
https://twitter.com/bluesayuri/status/586166590732795904
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月9日
台湾人はパラオへよく行く以外、サイパンもかなり
台湾人がよく旅に行く所です。
サイパンに観世音も慰霊碑もずっと英霊を守ってくれるよ!
台湾人はよく花束を捧げ、多くの英霊に対し追悼の祈りを
ささげ、日治を偲びながら、平和への思いを馳せるよ!
日本人は戦後教育で「学ぶべきこと」を失ってしまった。
その代償は大きくて、恐らくサイパンへ行っても、英霊に
背を向けたまま、追悼の祈りも捧げずに帰ってくる人が
殆どではないのか?
しかし、台湾の人たちは、忘れずに祈りを捧げてくれて
いたのだと・・。
本当に感謝の気持ちでいっぱいになると同時に、英霊には
本当に日本人として申し訳ない思いでいっぱいになる・・。
このツイートで「日治」という言葉が在りますが、これは
日本統治に対して「肯定的」な言葉になります。
しかし、現実として台湾では2013年7月に、日本の内閣に
当たる行政院が、日本統治時代についての公文書上の表記を
「日本による支配」を意味する「日據(にっきょ)」に統一する
ことを決めたという経緯が在ります。
李登輝さんが総統だったときに「日本統治」を肯定的に
捉える「日治」が使用されるようになったにも拘らず、
中国に擦り寄る馬英九政権になってから再び
「日據(にっきょ)」へと戻ってしまい、小中高の教科書でも
「日治」が一般的でしたが日據(にっきょ)」表記も「良し」と
なってしまいました、↓
★【日本の大切な隣人、台湾の心 ③】日本統治は明らかに「併合(annexed)」。
それを認めることが先人たちへの「敬意」と「感謝」に繋がる。
今の台湾も本当に「綱渡り的」状況なのです。
戦後60年に両陛下がサイパンに戦没者への慰霊、祖父が教えたの。その頃私は50音さえ読めない。五万位日軍戦死、残し捕虜に成りたくない、八千位日軍と家族女性子供も“天皇陛下万歳”と叫んで海を跳んで壮烈に犠牲!私達は忘れる訳には行かないよ! pic.twitter.com/geBxG8bM0m
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 9
https://twitter.com/bluesayuri/status/58615733791358976
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月9日
戦後60年に両陛下がサイパンに戦没者への慰霊、
祖父が教えたの。
その頃私は50音さえ読めない。
五万位日軍戦死、残し捕虜に成りたくない、八千位日軍と
家族女性子供も“天皇陛下万歳”と叫んで海を跳んで
壮烈に犠牲!私達は忘れる訳には行かないよ!
今は、「国が国民を戦場に送り犠牲にした」というスタンスで、
マスコミやサヨク連中は語ります。
それは集団的自衛権の行使容認が閣議決定されてから突如、
「自衛隊員が国家権力によって危険な戦場に行かされる!」とか
「自衛隊の人たちの命が大切!」などと言い出したのと同じです。
でも、それ以前は、特に東日本大震災が起こる前までは、
自衛隊員全てをサヨクやマスコミが「人殺し集団」と
罵っていたように、日本軍全てを、いわば戦場に赴いた
日本人全てを、「極悪非道の人間」であるかの
ように語っていたことを決して忘れてはならないと思います。
自衛隊員であることだけで連中はその家族までも貶めて
いたという事実。
それは日教組の教員が、自衛隊員の子どもたちに向かって
「お父さんは人殺しだ」などと教室で叫び、差別をしていた
事実があったことからもはっきりとわかります。
戦後はそれと同じ流れの中にあった。
今の時代を生きる私たちにとっては想像を絶するような、
あの戦争当時の余りにも過酷な状況、
「奴隷として生きるのか、人間として生きるのか」
という状況の中で先人たちが下した「決断」と「命がけの戦い」に、
自分たちが先ず何をすべきかを考えれば、
「先人の方々が命を賭して戦ってくださったお陰で、私たちは
今、こうして生きています。
本当に有難うございます。」
と頭を下げることではないのかと、そう思うのです。
戦後の歪められた「命の大切さ」の中で、当時のご自分の
戦いを「殺人者」のように自虐的に捉える方がたくさん
いらしたのではないか。
本来ならば、護ってもらった私たちが
「いえ違います!!あなたは私たちを、子孫を守って
くれたではありませんか!!」
と伝えるべきだったのにと。
命がけで戦い、護ってくれた先人たちを
「間違った自責の念」に追い込んできたのは
戦後の歪んだ教育に洗脳された私達自身であり、
先人が
「私たちは日本を守るために戦ったんだよ」
と堂々と胸を張って言える時代にしなければ
ならなかったのに、その感謝の言葉を伝える
ことなく時代はすり抜けていってしまった。
戦争の多くを語らなかった方達(私の親戚にもいます)は
そういった戦後の思想に口を閉ざされたのだと思います。
間違った「自責の念」を持たせてしまったのは、先人が
護ってくれたはずの「戦後の私たち」なのだと思うのです・・。
天皇.皇后両陛下は日本から持って来た白菊の花束「戦没者の碑」に供花、激戦地ペリリュー島―アンガウル島に向かって黙礼。長年に両陛下の思いが漸く実現した。英霊も慰められる!思いが届いたね!日本は「私達」を忘れは無いですね!有り難い!感銘! pic.twitter.com/RIR1PwmnuH
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 9
https://twitter.com/bluesayuri/status/586002705472032769
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月9日
天皇.皇后両陛下は日本から持って来た白菊の花束
「戦没者の碑」に供花、激戦地ペリリュー島―アンガウル島に
向かって黙礼。
長年に両陛下の思いが漸く実現した。
英霊も慰められる!
思いが届いたね!
日本は「私達」を忘れは無いですね!有り難い!感銘!
台湾の若者がこうやって英霊をのことを偲んでくれることが
本当に嬉しいです。
パラオで昭和19年創建ペリリュー神社と平和碑です。昭和19年9月ペリリューの戦い、日本人なら忘れる訳にはいかない!惨烈に死んで守った日本軍の勇気に頭が下げます!英霊へ祈り申上げます!安らかお眠り下さい!世界に生きている不滅な日本の心! pic.twitter.com/Tf8ktTbz7D
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 8
https://twitter.com/bluesayuri/status/585632418939478016
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月8日
パラオで昭和19年創建ペリリュー神社と平和碑です。
昭和19年9月ペリリューの戦い、日本人なら忘れる訳には
いかない!
惨烈に死んで守った日本軍の勇気に頭が下げます!
英霊へ祈り申上げます!
安らかお眠り下さい!世界に生きている不滅な日本の心!
日本の戦後70年と台湾の戦後70年。
戦後さらに時代に翻弄されてきた台湾。
そんな中でも日本統治時代をこうして後世に
伝えてきてくれた台湾・・。
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 8
https://twitter.com/bluesayuri/status/585801632853557248
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月8日
「ペリリュー島の子供達、両陛下を「両国友好の証」の
手作り横断幕で歓迎へ、日本人教諭と島民協力」凄く可愛い、
天真爛漫な子供ですね!
天皇皇后両陛下のパラオご訪問のニュースを見ると、
涙が溢れて感動です!
台湾の子供も日本を愛してますよ!
(´;ω;`)ブワッ
度々の涙腺崩壊・・。
いやぁ、パラオの子どもたちの歓迎は本当に
心から嬉しかったですね!
あぁ、皇后陛下に花束を渡してたパラオの女の子も
思い出した。
笑顔が本当にかわいかったですよね~。^^

■ここで、台湾がどういった状況の中で、パラオと国交を
結んでいたのか、見てみます。
こちらは2005年2月の小林泉氏(国際関係論、オセアニア
地域研究)のコラムです。↓
★【太平洋、熾烈な中・台の外交合戦】
小林 泉(社団法人 太平洋諸島地域研究所HPより)
【太平洋、熾烈な中・台の外交合戦】
小林 泉 (2005年2月15日発行「パシフィックウェイ 通巻125号」)
《社団法人 太平洋諸島地域研究所HPより》
この1月末、台湾の陳水扁総統がパラオ、ソロモン諸島を訪問、
また5月にはマーシャル諸島、キリバスにも行く予定を立てている。
旧宗主国以外のトップ政治リーダーが自ら島嶼諸国に出かける
例がほとんどないだけに、受け入れた島嶼国側も極めて強い
印象を持って好意的に歓迎した。
この陳総統の太平洋島嶼国歴訪は、言うまでもなく、
明確な政治的意図に基づいた外交行動である。
ここ十数年、島嶼国を巡って中国と台湾による
熾烈な外交合戦が繰り広げられている。
一つの中国論によって、1971年に台湾(中華民国)が
国連での議席を中国(中華人民共和国)に明け渡して以降、
台湾は諸外国との外交関係を徐々に断ち切られ、冷戦が
終了した90年以後は一気に守勢に立たされた。
そのため、いまでは僅かに26カ国と外交関係を結んでいるに
すぎない。
その台湾が、自らの存在をかけて外交関係の維持、拡大の
ターゲットとしてきたのが、カリブ海や太平洋の島嶼国だった。
プロジェクトで不足した部分の財政を支援したり、農業技術の
普及農場を開設するといった地味ながら着実な援助方式に
よって、不利な条件下にありながらも島嶼国との関係を深めて
きたのである。
ところが中国経済が急成長した近年、ここでも台湾の優位は
揺らぎはじめた。
これまでさほど眼中になかった島々に関心を向けた中国が、
次々に外交関係を樹立していったのだ。
さらに、台湾の友好国となっていた国々に対しては、
対外債務の肩代わりや政府庁舎の建設といった大型の
援助攻勢をかけて、>外交関係の変更を迫っていった。
その結果、太平洋地域ではトンガ、パプアニューギニア、
ナウルといった国々が中国に鞍替えしてしまったのである。
中国の太平洋進出がスムースに推移した状況を80年代の
冷戦時代と比較すると、隔絶の感がある。
ヴァヌアツやキリバスと漁業協定を結んで数隻のソ連漁船が
域内に入漁したときは、「漁業を隠れ蓑にした情報収集行為」
だとして西側諸国が一斉に神経を尖らせ、こぞって援助を
増額した。
共産主義国家ソ連との関係を継続させないためだ。
しかし冷戦構造が消えた今は、共産中国への警戒心や
違和感を抱く旧宗主国はない。
もとより島嶼国は国際政治の動向を敏感に外交政策に
取り入れる余裕はないから、援助をたくさんくれる国が
何処よりも大切になる。
だが、こうした国際情勢や中国自身の変化に、ことのほか
危機感を募らせているのが台湾だ。
なにしろ島嶼諸国は、台湾にとって死守しなければならない
最後の砦なのだから。
陳総統の島嶼国訪問も、こうした文脈の中で捉えることができる。
とはいえ太平洋に限っていえば、台湾は守勢に回っている
だけではない。
パラオやマーシャルとは独立以前から交流を深めているし、
03年には、これまで中国と国交のあったキリバスを
台湾側に引き込むのに成功した。
現在の中・台外交関係勢力比は、域内12カ国のうち
中国7、台湾5だから、台湾が大いに健闘していると
言っていいだろう。
ごく最近では、ヴァヌアツの事例が両国の熾烈な戦いぶりを
表わしている。
昨年の11月3日に、ヴォホール首相が突然、台北で台湾との
外交関係樹立を表明した。
これに即反応した中国は、
「これまで国会議事堂、南太平洋大学キャンパス、外務省庁舎
等々を建設し、医師、教師、卓球コーチ等を派遣してきたのに、
これでは、いま進行中の援助だけでも1千万ドル以上を失うぞ」
と脅かし、不快感を露わにした。
ヴォホール首相も
「一つの中国論はあちらの問題で、我が国はどちらとも仲良く
すべきだ」
と議会や国民に説明し、国家の財政的窮状を訴えたのである。
だが、台湾との国交は閣僚たちにも事前に知らされて
いなかったため、帰国一週間後の閣議で台北合意は
拒否され、これが直接の原因で12月に政権が交代して
しまった。
もちろん、台湾との関係も白紙に戻された。
そして年明け早々の1月3日、新しく登場したリニ首相は、
中国から貨客船2隻分の建造費(約10億円)をもらう合意書に
調印したのである。
これに対して
「民主主義国家である我が国は、中国のような小切手外交は
できないが、ヴァヌアツ国民が真に必要とする分野へ
援助する用意はある」
と台湾の高外務次官は語っている。
これと同様の政変は、99年にパプアニューギニアでも起こった。
時のスケート首相が訪問中の台湾で国交樹立、
中国と断交すると発表したのである。
しかし、このときも議会の総反発を受けて、スケート首相は
帰国直後に辞任にまで追い込まれてしまったのである。
台湾の活動地域に中国が援助攻勢をかける
というやり方は、まるでモグラ叩きのように見える。
だが中国の島嶼重視は、必ずしも両国の特殊な関係性を
反映するだけの政治行動ではなく、漁業資源や自国海域から
続く海洋空間への勢力圏拡大を意図しているのは
間違いない。
太平洋は昔も今も、「戦略の海」なのである。
(以下略)
今、中国の「AIIB(アジアインフラ投資銀行)」に日本が
参加を見送ったことに対してマスコミや野党は猛烈な
批判をしています。
先日も民主党の福山哲郎が
「期限近くになってアメリカの同盟国である韓国や豪州、
そしてEUの国々がが次々と参加の表明を行ってんのに
政府はなにやってんだ!」
と、いつもの汚らしく馬鹿にするような政府批判をし、
さらに、安倍総理が「党で協議を」と言ったことや、
麻生財務相が含みをもたせるような言い方をしてるのは
「置いていかれた」ことの証左だ!などと、いや、もう、全く
わけのわからん発言をしています。
「韓国と豪州が参加した!!!」を何度も何度も繰り返し、
「中国韓国との首脳会談が出来てないことが、こうやって
国益を損ねていく!」
とわめき散らす福山哲郎。
どれだけ中国、韓国の都合のいい方へ、喜ぶ方へと
向かわせたがっているか、恥ずかしいくらいに「モロ分かり」
です。
福山の隣で政府を嘲笑する元防衛大臣の北澤俊美も、
また、福山の発言中にも態度がグダグダの小西洋之も、
同じです。↓
★福山哲郎がアジアインフラ投資銀行見送りで日本だけ出遅れていると問題視
中国は昔から変りません。
パラオを含むミクロネシア(南洋群島)地域においても
ただただ強欲に「搾取」するために国々を取り込んでいく。
「AIIB」も目的は同じです。
そこに加わることは、中国の「覇権拡大」に加担し、
「新手の植民地化」に手を貸すことと同じ。
また、それはやがて自らも「中国の奴隷化」へと
突き進むも同じこと。
日本は国連で常任理事国でもないのに、その中国の
2倍を超える膨大な分担金を押し付けられていますが、
それと同じくただただ「カネ」を出資させらるのは目に
見えています。
それも全て中国共産党の「中華思想」を満足させる
ためだけに使われるのです。
そういえば沖縄県知事の翁長が、売国奴・河野洋平と
一緒に今月12日から数日かけて中国様のところへ
朝貢外交しに行くらしいですね。
「必ずや、沖縄を生贄として捧げます!」
とでも宣言するつもりでしょうか。
こうした中国から国を護るためにも、台湾とパラオは
互いに国交を結んだといえると思います。
その国交を結んだ当時の記事でどのように書かれていたか
見てみます。↓
http://www.asyura2.com/sora/bd5/msg/68.html
【パラオと外交関係樹立 台湾、29カ国目】
(1999年12月30日)
《台北30日共同》
台湾外交部(外務省)は30日、南太平洋のパラオ共和国と
29日に外交関係を樹立したと発表した。
パラオは中国とは国交を結んでいない。
台湾が外交関係を持つ国は、これで29カ国となった。
台湾とパラオは漁業協力協定を結ぶなど、良好な関係。
クニオ・ナカムラ大統領は1995年と96年に台湾を訪問、
李登輝総統の総統就任式にも出席した。
97年には技術協力協定を結んだほか、航空協定を締結、
定期直航便が就航している。
台湾は7月5日、同じく南太平洋のパプアニューギニアと
外交関係を樹立した。
しかし、財政危機にあったスケート前政権が倒れ、後継政権が
台湾との関係を見直したため、外交関係を持つ国は28カ国に
なっていた。
パラオは、200以上の小島からなり、人口は約1万7千人。
ココナツ栽培と漁業が主産業。
米国との自由連合国で、米国に安全保障を委任、財政支援も
受けている。
日本とは94年に国交を樹立、国連にも加盟している。
【中国が重ねて撤回要求】
(1999年12月30日)
《北京30日共同》
中国外務省の章啓月副報道局長は三十日の記者会見で、
李登輝・台湾総統が提起した「二国論」について
「中台関係を破壊し、アジア太平洋地域の平和と安定に
影響を与えている」
として「問題解決には撤回しかない」と重ねて強調した。
章副局長は、二国論について
「祖国分裂の極めて危険な一歩」で
「国際社会が公認している『一つの中国』の否定だ」
と指摘。
李総統は「トラブルメーカー」と再度、批判した。
中台は李総統が二国論を提起して以来、対話を中断している。
【「2国論」で米台関係後退 台湾の駐米代表認める】
(1999年12月30日)
《台北30日共同》
台湾の米国との交流窓口、駐米台北経済文化代表処の
陳錫蕃・代表は29日、立法院(国会)への報告で、李登輝
総統が提起した中台関係「二国論」は、米国と台湾の
相互信頼関係に衝撃を与え、
「再来年の米新大統領就任まで、対米関係の前進は望めない」
とする見解を表明した。
台湾外交当局者が「二国論」で米台関係が後退したことを認めた
のは初めてで、クリントン政権の「二国論」に対する否定的姿勢を
裏付けている。
30日付の台湾各紙によると、陳代表は立法院で行った
「台米関係の現状と展望」と題する報告で、この見方を明らかにした。
陳代表はこの中で、台湾側が「二国論」を事前に米国に通知
しなかったため、
(1)一つの中国 (2)中台対話 (3)台湾問題の平和解決
を柱とする「米国の中台政策の枠組みが衝撃を受け、
米台の信頼関係にも影響した」と指摘した。
クリントン政権は「二国論」への公式な態度表明を避けているが、
9月にニュージーランドで開かれた米中首脳会談で、クリントン
大統領は江沢民・国家主席に対し
「二国論は米中関係に困難をもたらした」
と支持しない姿勢を示した。
陳代表の発言は来年五月の李総統の退任とその後の
米新政権の誕生を受けて、台湾が関係改善に向け
仕切り直しを迫られることを意味している。
これらの記事だけを読んでも、当時の李登輝総統が
米国でも最も「媚中」といわれたクリントン政権の
「対中擦り寄り政策」の中で、中国に敢然と立ち向かって
行ったさまを見る思いがします。
その李登輝総統のあとを継いだのは民進党の
陳水扁総統ですが、その経緯をここでちょこっとだけ
触れておきたいと思います。↓
★(参考URLはこちら↓)
http://www.geocities.jp/institute_of_uralogy/Taiwan.html
李登輝さんは、大陸からやってきた一党独裁の
「国民党」所属でしたが、元々「本省人」でしたので、
当然台湾の民主化を目指し、「国民党に属さないで
真の民主化を目指す人たちの政党」と呼ばれていた
「民主進歩党(民進党)」の結成も黙認しました。
しかも李登輝さんは、「国民党党首」でありながら民進党を
有利にするような発言を繰り返し、台湾の人々から
「李登輝は本省人だから本音では民進党を応援したいのだ」
とまで言われた結果、民進党が飛躍的に勢力を伸ばして
民進党「陳水扁」が勝ち、中華民国(台湾)の歴史上初めて
「選挙による政権交代」が実現することになりました。
こうして李登輝さんは「台湾住民(本省人)のための台湾」を
実現するために選挙制度や刑法を改正して、「言論の自由」を
認める改革を推し進め、「台湾人のための台湾人による中華民国」に
変貌させることに成功しました。
あとを継いだ陳水扁総統もまた、苦難の道だったことは
言うまでも在りません。
★陳水扁台湾総統外遊、専用機急遽航路変更=中共の圧力 (2006年9月5日)
【陳水扁台湾総統外遊、専用機急遽航路変更=中共の圧力】
(大紀元日本 2006年9月5日)
陳水扁台湾総統は9月3日から、空軍1号の専用機で、
4日間に渡って、パラオ諸島およびルナウなど南太平洋諸島を
訪問した。
陳総統は台湾の国旗のついた空軍1号の元首専用機で海外訪問(中央社)
台湾総統府秘書次官・劉世芳氏は3日、今回の飛行航路は
フィリピンを経由する予定になっていたが、中共当局が
フィリピンに圧力をかけたため、急遽、
日本経由に変更したことを明らかにした。
台湾当局は3日午後、日本政府に対して緊急に飛行航路の
変更を連絡し、それに対して、日本政府は陳総統の専用機が
日本上空を通過することに同意、台湾外交部(外務省にあたる)
スポークスマン呂慶龍氏は、日本政府の協力に感謝の意を示した。
台湾総統の元首専用機での海外訪問は、
60年以来初めてで、また、陳総統は二期の
総統任期期間中に、中華民国国旗が
描かれている専用機での海外訪問も
初めて。
陳総統の今回の外遊に、呂秀蓮副総統、蘇貞昌行政院長、
王金平立法院院長および民主党党首・游錫堃氏、駐台湾
各国大使代表たちは空港まで見送った。
陳総統は、
「空軍1号の専用機でパラオを訪問することは、
台湾元首の外交において大きな一歩を
踏み出したことになる。
台湾の国際活動範囲の開拓に新しい歴史の
ページを作った。
台湾が主権国家である存在事実を国際社会が
直視してくれるように、我々は国旗を背負って、
決意を固め動揺せずに前進しなければならない」
と語った。
米側は、台湾の与野党の論争に対して、あくまでも中立の立場を
示すために、陳総統専用機のグアムの経由を認めなかった。
それゆえ、陳総統は9月6日の帰国に際しては民間の中華航空を
利用することになった。
すでにパラオに到着している陳総統は、第1回目の台湾および
太平洋首脳会議に参加する予定。
2013年11月上旬、パラオが台風30号で大きな被害を受けた時、
台湾は救援・復興物資の支援を行いました。
下の写真はそのときの写真です。
★中華民国の救援物資がパラオに到着 (Taiwan Today2013年12月25日)

★パラオと台湾の国旗が並んでいます。↑
こうして、両国の国旗が並んではためいている光景は、
それまでの中国共産党からの度重なる圧力の中で、
懸命に、着実に、育まれてきた結果のものだったのです。
戦後教育で日本は「国旗の重み」をどれだけ軽んじて
きてしまったことか。
韓国人や中国人に日の丸を燃やされても、引きちぎられても
怒らない日本国民。
それどころか、日の丸をハサミで切って作った党のマーク旗を
演説会に使用した民主党のようなキチガイ政党を政権の座に
つかせてしまった・・。
一方、台湾では、ここまで「国旗の意味」を重く捉えてきた
という現実。
日本は本当に長い間、目に見えない「重い病」に罹って
いたのだと思う・・。
■今回の天皇皇后両陛下のパラオご訪問に関する報道
ですが、フジテレビは結構「事実」を流してくれていた
ようですね。↓
★天皇皇后両陛下、パラオにご到着 笑顔で国際空港をあとに(15/04/08)
パラオと日本の「国旗」の関係も触れてくれていたようですし。

ちなみに、いま、「パラオの国旗」のWIKIをみると、
日本の国旗が元であることが、まるでネットで
勝手に流布されているだけの単なる「説」である
ようにしか書かれていませんでしたが、やっと
今回のフジの番組インタビューが加わることに
よって「事実」として認められるソースが出来ましたね。↓
★パラオの国旗WIKI
【パラオの国旗:日本の国旗との関連】
《関係者へのインタビュー》
■ウエキ・ミノル
2015年4月に天皇皇后両陛下のパラオ訪問に関して
フジテレビの報道番組で特集が組まれ、その中で
ウエキ・ミノル元駐日パラオ大使(在任2009年 - 2013年)に
日本人のフジテレビ記者が国旗について質問した所、
「日本の国旗(白地に赤色)から取って、
青地に黄色にした。
青が海で、真ん中の丸は月」
と話した。
インタビューを含めた特集は2015年4月8日18時放送
フジテレビ系(FNN)の番組で放送された。
しかし、このフジテレビ以外の日テレもTBSもテレ朝も、
スタンスはほぼ同じで、いわゆる「政治的目的」を持った
「戦争反対」一辺倒でしたね。
特にTBSは酷かったと思います。
「NEWS23」では、岸井が
「大事なのは国家は時として多くの国民を見捨てて犠牲に
してきた事実。」
陛下の言葉に対しては、
「人々が犠牲を強いられた過去を伝え続けて平和を
祈り続けるという思いを深く感じる。」
などと「勝手解釈」を押し付けてきていました。
さらには両陛下のご訪問に憲法9条改正反対を
結び付けて扇動していましたし。
そういえば、TBSの親玉、毎日新聞も両陛下がご訪問される前から、
歓迎ムードにわざわざ水をさすような記事を書いていました。
今回両陛下がパラオで祈りを捧げられた慰霊碑、
「西太平洋戦没者の碑」について、台風災害で被害を
受け日本政府が慰霊碑を修復した際、碑をコンクリート製の
防波壁で囲ったことに島民から不満の声が上がっている、
などという記事を書いていました。
私からすれば、反日の毎日新聞が、ただただ日本と
パラオの関係を損ねたいがために書いた記事にしか
見えません。↓
★パラオ:慰霊碑の修復不評…防波壁新設「海見えづらい」(毎日新聞 2015年3月18日)
そして、こういうことを記事にするくらいなら、その
2年前の台風災害の際の日本支援に対してパラオの
レメンゲサウ大統領が来日されたとき御礼を述べられた
ことや、昨年がパラオ国交20周年であったこと、また
今年5月に福島で行われる「第7回太平洋・島サミット」の
こととか、そういうことを普段からちゃんと取り上げろ!
と言いたいです。↓
★第7回太平洋・島サミット
(2015年5月22日及び23日に福島県いわき市で開催)

【★外務省HPより】
対して今回、NHKは、ペリリュー島から天皇皇后両陛下の
慰霊の模様を生中継していたそうです。
今まで、国民の知るべきこととして「全編」流すべきものを
途中で打ち切ったり、まるで放送しなかったりすることも
多かったNHKが、と思うとやはり変わってきたのかなと。
もし変わってきたなら、籾井会長が異常ともいえる
「公開リンチ」的バッシングをあれだけ狂ったように
テレビと国会で受けながらも、体を張って頑張って
くれているからこそなのではないでしょうか。
★菅直人政権で内閣官房副長官だった民主党「福山哲郎」が
国会で見せた籾井NHK会長への政治圧力・言論弾圧の凄まじさ。
そして今回、その中でも私が一番驚いたのはNHKで、
羽田空港で両陛下のパラオへの出発式が執り行われた
様子が映し出された中で、天皇陛下のお言葉の中の
下記の部分がカットされずに流れたことです。↓
「祖国を護るべく 戦地に赴き、
帰らぬ身となった人々のことが
深く偲ばれます。」
★そのときの報道内容はこちらです↓
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150408/k10010041721000.html
この言葉、自分が最も聴きたいと思っていた言葉でした。
だから驚きました。
本当に今まで待ち望んでいた言葉だったので・・・。
そしてこの言葉を胸に陛下はパラオに向かわれたのだと・・。
他のテレビ局もこの言葉はカットして放送していないと思います。
恐らく「いままでのNHKのまま」だったら、流していなかったので
はないかと。
東日本大震災から僅か5日後の3月16日に天皇陛下が
寄せられたビデオメッセージ。
「自衛隊」への「労い」のお言葉。
命を賭けて国民を救助し、護り、支えてくれた自衛隊への
お言葉。
あのメッセージのことも思い出しました。
そして靖国神社・・・。
靖国神社の中にある遊就館で見た、英霊の皆様の写真。
堅苦しく写っていても、よくよく見れば、今の日本の若者と
変わらぬ顔をした「当時の日本の若者たち」の写真。
それを思い出しました・・。
■Chrisさんのツイートをさかのぼると・・。
明日から天皇皇后両陛下はパラオを訪問。パラオと台湾は幾つ共通点があるよ!同じスペインに統治したことがある、同じ日本の治理で進んで来た、とともに「親日国」として存在。パラオと台湾は国交がある。違う所はパラオは独立した!台湾はまだ遠いな。 pic.twitter.com/YP3l0a0WEp
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 7
https://twitter.com/bluesayuri/status/585439795528110081
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月7日
明日から天皇皇后両陛下はパラオを訪問。
パラオと台湾は幾つ共通点があるよ!
同じスペインに統治したことがある、同じ日本の治理で進んで来た、
とともに「親日国」として存在。
パラオと台湾は国交がある。
違う所はパラオは独立した!
台湾はまだ遠いな。
このツイートに載っている写真には「ベラウ国立博物館」と
書かれていますが、「ベラウ」とはパラオ語で「パラオ」の
意味だそうです。
★台湾の支援で出来たパラオ国立博物館の新館↓

旅行関連の「口コミ」にはこんなコメントが在りました。↓
★パラオ国立博物館 口コミ・写真・地図・情報 – トリップアドバイザー
パラオの博物館。パラオの歴史が学べます。
日本統治時代のところでは日本語で説明文も書いてあり
理解しやすかった。
昔の日本の絵本や当時の通信簿、また当時子供だった
高齢者の証言など博物館の規模は小さいながら面白いです。
パラオに行かれる際には是非お立ち寄りくださいませ!皆様!
さて、Chrisさんは、「まだ遠いな」とさらりと書いてありますけど、
でも現実を見ると今の台湾にとって「独立」という言葉は
本当に遠くて、しかも重い。
そして日本もまた「戦後レジームからの脱却」をしなければ
ならない。
「本当の日本を取り戻す。」
そこに進まなければ、その台湾の独立も支援がなかなか
出来ない。
日本も台湾も両方とも、もがき苦しんでいる状態なのだ。
今日、天皇.皇后両陛下御成婚から56週年をお迎えられました。皇太子殿下および皇室の成婚礼儀は平安時代からの?御成婚は祖父が日記に書いてありますよ。昭和34年の御成婚から、お互いの支え、あゆみ、有難いね!皇室の弥栄を祈り申し上げます! pic.twitter.com/gNCbmcAyx4
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 10
https://twitter.com/bluesayuri/status/586490508471447552
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月10日
今日、天皇.皇后両陛下御成婚から56週年をお迎えられました。
皇太子殿下および皇室の成婚礼儀は平安時代からの?
御成婚は祖父が日記に書いてありますよ。
昭和34年の御成婚から、お互いの支え、あゆみ、有難いね!
皇室の弥栄を祈り申し上げます!
台湾の若者に4月10日が両陛下のご成婚の日で
あることを教えてもらう自分の情けなさ。
「弥栄」という言葉も使っていることに驚かされます。
彼女のお祖父様はいわゆる「多桑(トオサン=父さん)世代」
なのだと思います。
日本統治時代で教育を受けた方たち。
「日本精神」を受け継いでこられた人たち。
天皇.皇后両陛下の到着を待つパラオ!日の丸親日ムードに浸って、これを見れるだけで喜びが溢れます。パラオ元大統領は「私達天皇陛下を愛してます!日本国民を愛してます!」と。何時か台湾も日の丸を揚げて天皇.皇后両陛下を迎えられると良いなあ! pic.twitter.com/bQMX5hGXIo
— ☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015, 4月 8
https://twitter.com/bluesayuri/status/585645987449982979
☆Chris*台湾人☆ (@bluesayuri) 2015年4月8日
天皇.皇后両陛下の到着を待つパラオ!
日の丸親日ムードに浸って、これを見れるだけで喜びが溢れます。
パラオ元大統領は
「私達天皇陛下を愛してます!日本国民を愛してます!」と。
何時か台湾も日の丸を揚げて天皇.皇后両陛下を
迎えられると良いなあ!
今回の記事で一番最初に紹介したツイートの言葉は
台湾にも当てはまると思います。
あれから70年もの月日が経つというのに、
天皇皇后両陛下の訪問を心待ちにしている人々が
います。
共に生活した日本人の心優しさが、今も語り継がれて
いるからでしょう
先人の努力の賜物。
金美齢さんも仰ってた。
歴史にはもちろん「光と影があって「100パーセント」では
ないけれど、台湾人が総括した「日本精神」は全てプラスの
イメージなんですよ、と。↓
★金美齢さんの言葉は、日本人としてポジティブに生きられることを教えてくれる。
2012年台湾の「真央ちゃん特集」動画も。
現代の日本人の中にも脈々と繋がっているもの。
それが、先人の日本精神。
「戦後レジームの脱却」は日本人自身が目を覚ますこと。
「日本精神」を呼び覚ますこと。
金美齢さんのインタビューには、そういうことが語られています。
そして台湾の人たちは、その「日本精神」を忘れずに
いてくれている。
台湾について過去にブログ記事をいくつか書いたのですが、
書くたびにそれを感じずにはいられませんでした。
(記事はこちらです。↓)
★カテゴリ【日本の大切な隣人、台湾の心】
Chrisさんの
「何時か台湾も日の丸を揚げて天皇.皇后両陛下を
迎えられると良いなあ!」
という言葉。
パラオのあの心のこもった歓迎を見て、Chrisさんが感じた
この思い・・。
この希望が叶うのはいつだろうか。
その日が本当に来て欲しいと心から思う。
パラオと、台湾と、天皇皇后両陛下。
そして日本国、日本国民・・・。
いつまでも繋がりたいと思うのはとても自然な思いだと。
両陛下のパラオご訪問を機に抱いた「思い」・・。
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