この3年間ずっと谷垣自民党を見てきました。
谷垣総裁を中心に自民党が日本を守ってくれているのを
ずっと見てきました。
汗をかいて頑張る議員さん達を見てきました。
宮崎口蹄疫の時も、東日本大震災の時も。何度も災害が起こって
そのたびに自民党が頑張って動いてくれることをどれほど頼もしく感じたことか。
そして、地元を愛し、日本を愛して、居ても立ってもいられず
必死で走り回り、地元の苦しい声を聞き、それを国会に反映させ、
懸命に訴える多くの自民党議員さんたちを見てきました。
表立って見えなくても、懸命に動いている議員さんたちの
奮闘振りも見てきたつもりです。
拉致事件を10年前に知ってから、私の政治への思い
はがらりと変わりました。
生まれて初めて「信頼できる政治家」の存在が心の中に生まれました。
安倍さんでした。中山恭子さんもです。そして中川昭一さんを信頼しました。
拉致問題を真正面から取り組んでいらした3人を信頼しました。
小泉選挙。私には郵政選挙はピンと来ませんでした。
信頼できる政治家がいる自民党が勝ったたことはよかったと
思いましたが、素直に万々歳とは思えませんでした。
安倍内閣の1年。マスコミのバッシングの酷さに毎日悔しい思いをしました。
安倍さんが辞任された記者会見を見て驚き、初めて政治家のために涙を流しました。
福田政権誕生前、麻生さんが「安倍さんを裏切った」かのように
報道されました。
勿論信じませんでした。
麻生さんがその後1年間、地方で頑張っていたのを見ていました。
そして麻生政権の1年。さらにマスコミの狂ったバッシングを見ました。
その中で必死で頑張る麻生さんをずっと見てきました。
所信表明演説の言葉。「この言葉よ届けと念じます」。
そう、その思いで毎日麻生さんを見てきました。
毎日毎日心の中で「麻生負けるな!」と叫んでいました。
中川さんのローマでの会見を見て何が起こったのだろうと思いました。
この仕打ちは何なのか。
信頼する政治家が次々と潰される過程を毎日毎日悔しい思いを
しながら見ていました。
私は数年ネットで「共通一次世代」と言う名前で発信しました。
それは信頼できる政治家を失いたくない。日本を守る政治家を失いたくない。
ただただその思いでした。
3年前の夏。ネットだけでなく、現実的に動こうと思いました。
ネットにあったチラシをポスティングしました。
とても暑い日が続いたあの夏。
仕事に出かける途中、仕事から帰る途中、置きビラもしました。
休日は日中、歩いて歩いてポスティングしました。
自民党が揺らいでいました。
マスコミの余りのバッシングに議員さんたちは浮き足立っているかの
ように見えました。
その気持ちも分かりましたが、でも、麻生さんを背中から撃つような
態度を見せる議員さんたちを私は許せませんでした。
その中で、お一人だけ、テレビで堂々と麻生さんを援護射撃
してくださった議員さんがいました。
細田博之さんです。
テレビ出演された議員さんは皆、マスコミの言いなりになった。
でも細田さんだけは違いました。
細田さんは麻生政権の真っ当な政治と政策をひるむことなく
訴えてくださいました。
麻生バッシングの一方的な番組の流れの中でしっかりと
事実を伝えてくれたんです。
細田さんの国会での演説にも注目しました。
とても力強く、真っ直ぐに響く言葉。
正しいものは正しいと訴え、間違っているものは間違っているとはっきり言う。
テレビで見たあの強さは、「いつもの強さ」だったのです。
小泉政権での「細田官房長官」は少し頼りなく見ていました。
でも、このときから細田さんという政治家を信頼するようになりました。
麻生さんへのマスコミによるバッシングは「狂気の沙汰」でした。
私は、麻生さんが、あの「どす黒い孤独の中」で、所信表明演説のとおり、
最後まで日本を信じ日本国民を信じる姿を見てきました。
自民党が敗れた日。
涙が溢れました。茫然自失になりました。マスコミの煽動による
洗脳はここまで根深く浸透していたのかと。
そして、あれほど日本のために動いた麻生さんの声が届かなかった
悔しさが心に広がってまた泣きました。
野党となった自民党。そして谷垣総裁の誕生。
どん底からの気持ちは私達も同じでした。
そんな中で、中川さんの死を仕事帰りに携帯のニュースを見た日。
電車の中でただ呆然とし、涙が溢れてきました。
この異様な理不尽さ。
こんなことが続くわけがない。
真面目にこつこつと日本のためにやってきた政治家が続けて
こんな目に合わされるなんて。
こんなことが許されていいのか。
そんなはずはない!!
そう思いました。
絶対に、絶対に、日本を守る政治家を守りたい!守りたい!
そう思いました。
この3年間、谷垣自民党を見てきました。
その中で、過去の自民党にも目を向けました。
戦後の占領下時代から、吉田茂始め、ずっと自民党の政治家は、
何度苦渋の選択を強いられてきたのだろうか。
そう思いました。
それぞれの時代に思いを馳せました。
沖縄返還の時も、消費税導入の時も、その他、国民の知らない
「苦渋の選択」がいくつもあったのだろうと。
そして、哀しいかな、まともな政党は自民党しかなかった・・。
ずっと「自民党が日本の砦だ」とネットでずっと発信してきました。
総裁がどんな方かもずっと見てきました。
私は谷垣さんがどのような方なのか、余り存じ上げなかったのです。
しかし、この3年間ずっと拝見してきて、この思いに至りました。
谷垣総裁は信頼出来る立派な政治家であること。
日本を託すことが出来る政治家であること。
そして結論は「谷垣さんに総理になって欲しい!!」。
今、涙が出て仕方がありません・・・。
自民党谷垣総裁街頭演説 滋賀県彦根市パリヤ前 平成24年9月1日
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