昨日、TBSのサンデーモーニングが論文不正問題について
どのように伝えていたのかが気になったので、twitterで確認してみました。
「風を読む」のコーナーで伝えられていたようです。
※twitterタイムラインは日本時間設定にしていないようなので
敢えて書いていませんが、全て日本時間の4月20日投稿分です。
#サンデーモーニング
小保方⇒佐村河内⇒堀江⇒食品偽装と繋いだ後で、
「人は神話を信じたがる」⇒「原発は神話と言われていた」
⇒ だから脱原発だ と続けた。
こういうのをこじつけとか偏向報道とか言います
【2chの反応】このあと滅茶苦茶●●した!!w
今日のサンデーモーニングの「風をよむ」がまーた
小保方、佐村河内、堀江、食品偽装、原発、集団的自衛権批判と
メチャクチャな繋げ方して、いつもの日本が悪い・日本人が悪い
・視聴者への責任転嫁ww ln.is/blog.fc2.com/q…
さすが、
身勝手な脳内変換です。
でも、今回の件については、保守派も笑えません。
だって、これとは逆パターンで同じことをしているからです。
そして、今回の件について、「いけないことはいけない!と、はっきりするべきだ」
と私とほぼ同じような意見を述べていた、「安倍がとにもかくにも憎い!」という
左翼さんのご意見はというと、
サンデーモーニングの小保方報道、まともな論調だった。
特に金子勝。「STAP細胞」は偽装だと明言。
不正があると研究費が5年間出なくなるから、それを避けるべく理研が
「STAP細胞」を仮説だと言い張っているのだと喝破。
正論ですね。これが本質。
佐村河内守と小保方晴子を並べたのもよかった。
この方、結局は「組織も国も悪」という以前からの「レッテル張り」が
そもそもあります。
そして、「そうなればいい」、というより更に
「そうでなければ納得できぬ」というシナリオを
既に勝手に自分で作っています。
金子勝と同じです。そして無理やりそこへ繋いでいく。
ちなみに金子勝はこれまでもブログで何度も書きましたが
以前「自衛隊は殺人集団だ!」と言い放った慶大教授です。
続)日本人は思考停止している、本質を考えなくなっているとの
「風をよむ」の指摘。
そのことが、小保方晴子事件で擁護論が横溢する原因の一つで
あることも間違いない。
今は、本質を衝いて正論を言う者が逆に叩かれる。
感情論に流れる大衆に袋叩きされる。
「弱い者いじめ」だ何だのと難癖をつけられる。
残念ながら、また不本意ではありますが、
↑この意見には同意せざるを得ません。
私が前に書いた記事と同じことを要ってると思います。↓
「公正さ」を欠いてしまうと「イジメ」も止めることが出来ない。 しかし、そもそも本質を見極める目を曇らせるのが
サンモニを始めとするマスコミであるんですけど。
続)金子勝の主張がまさに正論だ。
「風をよむ」のメッセージのとおりで、本質を思考するということは、
見た目の印象や感情論に流されないこと。
それがまさに、今回の小保方晴子事件の一つの教訓。
サンデーモーニング「風をよむ」は、今の暗黒の時代の貴重な羅針盤と言える。
擁護派の愚衆は目を醒ませ。
正論?いやいや、何をおっしゃいますやら。
サンモニこそが「狂った羅針盤」です。
国民に本質を見誤らせる諸悪の根源でございます。サンデーモーニング「風をよむ」で、今はニセモノがそこら中に
横行している時代だと言っていた。同感だ。
小保方晴子を擁護し、「STAP細胞はある」と言っている人間がニセモノなんですよ。
本質を見極める思考ができず、感情論に流され、見た目だけで物事を判断している人間。
ニセモノにご用心。
サンモニが如何にダブルスタンダードかを
どうか見極めていただきたいものです。↓
関口宏のサンデーモーニングによる日本の報道批判(ダブルスタンダード編) 関口事務所の女子アナの
「見かけの印象や話題性に目を奪われ、物事の本質を見誤るのはなぜでしょうか。」
という質問に白々しく答える関口や岸井、その他のコメンテーターたち。
あんた達が偉そうに言ってる
問題点の元凶は、そもそも、
あんた達マスコミが作ってるんだよ!!!と、ここで終わりたいところですが、今回は、
右とか左とか関係なく、本質を見誤っているので・・。
サンデーモーニングが、小保方論文不正を
脱原発や集団的自衛権にまで結びつけてることと、
保守派の「小保方擁護」から陰謀論的な「国益を守る」論への繋げ方とは
まるで違うようで、実は「同じ穴の狢」に私は思えます。
「イデオロギー」へ繋げるべきではないんです。
保守派と言われる人達は、韓国に対して厳しく批判をします。
なぜかといえば韓国が嘘、捏造を繰り返し、そうすることで、
日本を貶め、相対的に自分たちの国家的地位を高めようとするなど、
非常に卑怯な手口をしてきたからです。
そういう卑怯なことが私は兎に角耐えられないし、また、
その韓国の嘘偽り、捏造を全て隠蔽し、同じく日本を貶めて
きたのがマスコミだから、当然マスコミを批判してきましたし、
連中を信用してはいけないと言ってきました。
根本にあるのは
「嘘や偽り、捏造はいけない」
「卑怯なことをしてはいけない」
そして、そういう嘘や捏造に流されてはいけない。
「いけないものはいけないという」
「おかしなことはおかしいという」
そういうことでした。
そして、そのような卑怯なことをせずに、真っ正直に
生きてきた日本人を、謂われのない誹謗中傷から
守らなければいけない。
そう思ってきたのではないか。
でも、今回の件は間違っているんです。
それが崩れているんです。
「倫理観」が崩れているんです。
「不正」をしたら、しっかりと過ちを認めさせ、
公正に処分を受け、原状回復へと戻す。
一から再スタートする。
それを望んでいるだけ。
なのにそれを求めると逆に非難される。
今回、私は不正論文のこと以外は何も「判断」をしていません。
サンモニのような憶測で物を言っているのではありませんし、
上の左翼さんのように、「組織が悪」「国が悪」などと
決めつけているのでもありません。
今はっきりしている事実だけを見て、論文不正のみに
焦点を当てています。
そこには何の「バイアス」も掛けていません。
誰であろうと「悪いものは悪い」と公正に判断されなくては
ならない部分のみ取り上げているだけです。
キムヨナの「不正採点」の時もそうでした。
訴えてきた人達は、事実を見て「おかしいことはおかしい」と
言ってきたんです。
でもマスコミによる「誤った評価の植え付け」はなかなか
取り除くのは難しい。
マスコミとプロの解説者が加担してきたからです。
今回は現場プロの科学者達が「研究の根幹が揺らいでいるのと同じ」と
言っているのです。
キム・ヨナの時よりも明らかなのです。
なのに何故?
そしてキムヨナの不正採点問題も、そのままにしておけば、今のように、
「不正ではない」と信じている国民によって、ことが思わぬ方向へと
進んでいってしまってる。
辻褄が合わなくなるんです。
今まで韓国のことを批判してきましたが、今回ばかりは
韓国の失敗をもう一度見ておかなくてはいけないと思います。
いまの韓国の旅客船沈没事故もそうです。
嘘と捏造によって自分で自分の首を絞めています。
命を救うことが出来ないんでいるんです。結局。
救助訓練をしていないのに「した」と
今まで報告していたんでしょう。
過積載もろくに調べず、「積載量は適宜」と
報告されていたんでしょう。
そして嘘で固めた歴史教育で反日を扇動した結果、
日本からの救援を拒否せざるを得なかった。
嘘がまかり通ってこんな酷いことになってしまったんです。
子供が目の前で死んでいくのを見ることがどれほど辛いか
子を持つ私にだって分かります。
気が狂います。あの場にいたら。
韓国は嫌いでも、親の気持ちは同じです。
余りにも悲惨です、今回の事故は。
嘘がいくつも重なったがゆえの人災です。
嘘や不正はそこでストップを掛けなければ、
ずっと突き通します。何度も繰り返します。
「イデオロギー」とつなげることは間違っています。
★保守人気ブログで最初に投稿された関連記事は
「国は小保方さんを護れ!」と写真付きでした。
その次もそうでした。
3回目の記事は、写真はなく
「私は、小保方さん個人を擁護しているものではありません。」
と・・・。↓小保方さん事案のこと【小保方さん事案のこと】
先日の私のブログの「[緊急投稿]国は小保方晴子さんを護れ!」
の記事は、ブログへのFacebookのシェアといいねだけで
6.7万件、訪問者数は約9万人となりました。
ご訪問をいただきました皆様、またイイねを押してくださった皆様、
拡散にご協力いただきました皆様、ありがとうございます。
ただ、この記事のコメント欄をご覧いただくとわかりますが、
未承認コメントが約半数ほどあります。
それらコメントは、小保方さん個人への攻撃や中傷、事実認定についての
ご意見等なのですが、あえてコメント表示の承認をしていません。
する必要もないからです。
そもそも最先端の研究の正邪など、素人の私にははわからないし、
そのことについて、論評も議論もするつもりはまったくありません
それどころか科学は、数万の間違いの積み重ねの上に人類史上
画期的な成果が生まれるものです。
野口英世にしても、ウイルスの存在を確認出来ずに、大きな間違いの学説を
発表しています。
科学はそうした失敗と間違いの積み重ねの上に進歩するものだと思うのです。
そういうことが認められず、科学者が、ほんの少しでも間違いをしたら、
魔女狩りのような糾弾に遭うという世の中では、まともな科学者は育ちません。
だからこそ最先端の研究は、国をあげて守るべきものだし、それをしなければ、
日本の様様な技術も産業も育たない。
日本は、すでに確立した技術を模倣してその粗悪品を安売りする国ではないのです。
常に最先端を走ることで、国としての利益をあげ、その利益で海外から食料を
買って生きています。
しかも最先端科学技術というものは、世界同時に研究が進められているものです。
そして何十年もかけて研究してきたとしても、他国にその技術が盗まれたり、
先に商業化されれば、その瞬間に全てがパアになる危険さえも孕んでいるものです。
そういうリスクのあるのが、最先端技術開発でもあるのです。
その最先端科学を魔女狩りでつぶしたら、日本に何が残るのでしょうか。
だからこそ最先端科学やその先頭に立つ科学者たちを、国は全力を挙げて
保護していかなければならないのではないかというのが、私の意見です。
小保方さんは、会見で深々と頭を下げました。
謝罪するということは、海外、特に特アでは、
罪を認め下位につくことを意味します。
なぜなら彼らには、上下という関係しか、社会通念にないからです。
謝罪したら、下になり、下になった者は、ありとあらゆる暴虐の餌食になる。
池に落ちた犬は棒で叩けというのが、彼らの文化です。
けれどもわたしたち日本人は、特ア文化の国ではありません。
わたしたちは、集団と和を重んじる日本人です。
謝罪するというのは、自分の非を認め、その和の中、つまり
対等な関係の中における自らの歩を確保したいという心の現れであり、
対等な仲間たちに対して行うものでもあります。
小保方さんにしても、ですから情熱を傾けているSTAP細胞の研究を
このまま続けたい。だから頭を下げたのであろうと思います。
非を認め、特ア的な意味での「下になる」ために頭を下げたのでは
決してないと思います。意味が違うのです。
私は、小保方さん個人を
擁護しているものではありません。
今回の小保方事案をひとつの好例として、最先端科学技術の研究者たちを、
そうした無慈悲な、また日本的心を失った者たちから守らなければならい
のではないか、それが国の責務だし、そのことは結果として国益にも
つながるということを申し上げています。
最近の風潮では、人を見下し、笑いものにするのはそれぞれの勝手と
いうことかもしれません。
しかし科学の世界は、テレビ番組のお笑いとは異なります。
娯楽ではないのです。
プロ野球なら、エラーを徹底的に叩いたりもありかもしれませんが、
最先端科学は、万のエラーのうえに、たったひとつの成功があるという世界です。
日本は、古来、まず全体の利益があり、そのために、全体の中で
それぞれが分(ぶ)をわきまえて暮らしてきた国です。
言論の自由の名のもとに、そこを履き違え、
失敗だったかどうかさえも判然としないのに、
素人がそこにあれこれとクチバシを挟むという態度は、
私には日本的な価値観から、遠くはなれたものに思えるのです。
今回の不正問題を、「ほんの少しでも間違いをしたら」と
まるで「大したことがない」ように誤魔化していますが
本当に「些細な事」なんですか?
マスコミを日頃批判していながら、何故
「陰謀論」で煽動したのか?
右も左も関係なく、それがどれほど危険なことか分かっていらっしゃるはず。
そして、この記事では、「陰謀論による扇動」から何気なく転換し、
話の論点をずらしている。
陰謀論によって「不正は大したこと無い、国は護れ。」と煽ったために、
ネットで「『不正は大したことではない』は間違いだ」と間違いを
正そうとした人達が何故「魔女狩りのような糾弾」と言われるのかわかりません。
「陰謀論」で「不正は大したこと無い」と導いたから、
みんな不安になったのに。
それは間違いだと訴えただけなのに・・。それから、「まとめて赤文字」のところは、本当に他の人に対しても
こんなことが言えるのですか?
私からすれば、もう
「欺瞞」という言葉しか浮かばない。
悲しいけれど・・。
★最後に長いですが、これを読んでいただけたらと思います。↓
「表裏一体」・・・。この言葉が浮かびます。
韓国で起こったこのような状態になるのを防ぐには
どうするべきなのですか?
【捏造論文が韓国社会に巻き起こした熱狂と悲嘆 / SAFETY JAPAN [書評] / 日経BP社】★書評された書籍の参考カスタマーレビューはこちら。↓
是非、レビューも読んでみてください。
不正問題が起こる前のレビューですから、
なんのバイアスもかかっていない意見です。Amazon.co.jp: 国家を騙した科学者―「ES細胞」論文捏造事件の真相: 李 成柱, 〓 淵弘: 本【捏造論文が韓国社会に巻き起こした熱狂と悲嘆 / SAFETY JAPAN [書評] / 日経BP社】
(松浦 晋也氏 2007年1月11日)
「国家を騙した科学者」

李成柱著 ペ淵弘訳
牧野出版
2006年10月発行
2415円(税込み)
「学者は世間知らずだ」という偏見を持つ人に、今でも時折、
出会うことがある。
世俗から離れて自分の専門の研究をしていればいい人たち
という認識なのだろう。
かつては本当にそうだったのかも知れない。
明治時代には「研究に熱中していて日露戦争の開戦を知らなかった
東大の先生」が世間の話題になったこともあった。
一体その先生は誰か、長岡半太郎(物理学者)、池野成一郎(生物学者)、
田中舘愛橘(地球物理学者)、田口和美(医学者)といった当時の
東大教授陣が人々の口に上ったという。
つまり、「きっとあの人だ」と思わせるような生活態度の学者が
多かったのである。
そのようなうわさが流れたということは
「国家の一大事にお気楽でいいよな」という、
一般からのやっかみがあったと見て間違いないだろう。
逆に見れば、大学の研究者はそのような生活が可能なぐらいに
保護された特権的な地位であったのである。
しかし現在の科学者、特に理工系の研究者は、
サラリーマンどころではない苛烈な実力本位の社会に
身を置いている。
業績は論文の数と質で評価される。
論文の質は、恣意(しい)的な「良い、悪い」ではなく、
自分の論文が他人の論文で引用された回数で決まる。
情状酌量の余地はない。
海外では、研究職のほとんどが任期制だ。
任期中に業績を上げることができなければ失職し、次の職を
探さなくてはならない。
かつて日本の大学は「一度教授になったら一生食っていける」などと
言われたこともあるが、日本でも最近は終身制の研究職は減りつつある。
かなり大きな企業に所属する研究員でもない限り、
残業代などというものが付く事もまずない。
昨今話題のホワイトカラーエクゼンプションなどが出てくる
ずっと以前から、理工系の研究者たちはより苛烈な環境に
身を置いている。
業績を上げること、上げ続けること、壮年となり管理職的な
仕事が増えたなら、あちこちを説得して研究に必要な予算を
かき集めてくること――
研究者の生活は野生動物の生活にも似た厳しさに満ちている。
その代償が、自分でテーマを選び、研究を進める自由というわけだ。
もちろん、その厳しさに耐えきれなくなる者も出てくる。
科学史をひもとくと、実験結果の捏造(ねつぞう)や
他人の業績の横取りといった不正行為が次々に出てくる。
世間的に偉大な発見とされるケースであっても、よくよく
探っていくと不正まがいの行為が潜んでいることもある。
2005年、お隣の韓国で特大級の不正事件が発覚した。
本書のテーマである、黄禹錫(ファン・ウソク)ソウル大学教授
による、「ES細胞」論文捏造事件である。
この事件は、その規模、韓国社会に与えた打撃、さらには
研究の進展に与えた悪影響など、まさに史上最大の業績捏造事件だった。
【「人クローン胚からES細胞を抽出!?」】
まず事件の概要を押さえておこう。黄禹錫教授は牛の生殖を
専門とする生物学の科学者だった。
1993年に韓国初の牛の人工授精に成功して頭角を現し、
1999年には韓国初のクローン牛を誕生させることに成功して、
韓国内でノーベル賞候補者と目されるようになる。
2003年にはBSE耐性を持った牛、人に移植可能な臓器を持つ豚を
開発したとして、一気に韓国内でスター的な地位を築いた。
2004年に入ると、生殖細胞ではなく体細胞から作成した
人間のクローン胚を作成することに成功し、さらにその中から
胚性幹細胞(ES細胞)を抽出したと発表。世界中に衝撃を与えた。
(中略:詳細は下記リンクへ)
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/bookreview/16/index1.html
【移植医療に革新をもたらすES細胞】
(中略:ES細胞の説明 / 詳細は下記リンクへ)
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/bookreview/16/index2.html
黄教授の発表の意味を理解してもらえただろうか。
人クローン胚からES細胞を取り出せたということは、
移植医療にとてつもない革新をもたらされるかも知れないことを
意味していたのである。
【熱狂した韓国社会】
もちろん、研究の成果が即治療に結びつくわけではない。
まず、ES細胞が、さまざまな細胞にどのようなメカニズムで
分化していくかが分からなければ治療には使えない。
治療の実際となると、どのタイミングでどのような処置を
行うかというノウハウも必要になる。
また、現在のクローンは、細胞の核を卵子に移植することで
作られている。
細胞内のミトコンドリアにも遺伝子が存在することが知られているが、
こちらは卵子の持つ遺伝子をそのまま受け付いているわけだ。
つまりクローンといっても、完全に本人と同一の遺伝子を持ってい
るわけではない。
だから予想外の拒絶反応が起きる可能性も皆無ではない。
なによりも、治療に使うほどの大量のES細胞をどうやって
得るのかという問題が存在する。
人クローン胚の作成には人間の女性から採取した卵子が必要になる。
大量の卵子を採取することは、人体実験にもつながりかねない。
そもそも大量の人クローン胚を作成することが倫理上
認められるのかどうかも、未解決の問題だ。
しかし、韓国社会は黄教授の発表に熱狂した。
マスコミは教授を英雄扱いし、教授のところには病気の治癒を
願う難病患者が列をなし、卵子提供を希望する女性が殺到した。
熱狂したのは社会一般だけではなかった。
韓国政府は、黄教授に「最高科学者」の称号を与え、
多額の研究費と研究施設の支援を行うことを決定した。
韓国文化放送(MBC)の報道調査番組「PD手帳」が
教授の業績に疑問を持ち、報道を開始した時、
韓国社会は黄教授ではなく、MBCを非難した。
韓国の威信を世界に知らしめた偉人をおとしめる、
とんでもない番組だという理由だった。
一般のみならずMBC以外のマスメディアも、
MBCを激しく非難する論調の記事を次々に掲載した。
ついにMBCは「PD手帳」という番組そのものを中止するところまで
追い込まれた。
しかし、インターネットで韓国の若い医学者や研究者たちが、
黄教授の論文の検討を開始する。やがて論文中に使用した写真が
使い回されていたことが発見され、それを糸口に一気に黄教授の
捏造が明らかになるのである。
本書の著者は、東亜日報の記者として医学関連の記事を担当していた。
熱狂と神話の形成、そして崩壊を渦中で目撃し、自分もまた
報道の当事者として経験した。
著者は、黄教授に対する韓国社会の熱狂、捏造が発覚した後の悲嘆を
事細かに描写する。
と同時に、報道関係者として熱狂に棹さし、真実を伝えることが
できなかった自分自身に対する苦い自責の念も書き込んでいる。
おそらく著者は、医療報道にかなりの自信を持っていたのだろう。
「自分はこうやった。こういう記事を書いてきた」と
自らを誇る気持ちも文章化している。
それが「しかし不正を報道することができなかった」という
苦しみと併置され、読者に一層の苦みを伝えている。
【韓国社会の特殊性が事件を増幅】
本書を読み進めていくと、事件には韓国社会ならではの特殊性が
影響を与えていることに気が付く。
明らかに韓国社会は、韓国という国を世界の第一線に押し上げる
スーパースターを欲していた。
よく言われるが、韓国人ノーベル賞受賞者は、南北朝鮮の首脳会談などで
ノーベル平和賞を受賞した金大中前大統領のみだ。
その一方で、日本は湯川秀樹以来、理系で9人、文学賞で2人、
平和賞で1人、合計12人の受賞者を出している。
このことが韓国社会の日本に対するライバル意識を刺激し続けて
いるようだ。
著者も、黄教授が社会的なスターになる以前から、
韓国マスコミがなにかというと
「韓国人ノーベル賞受賞者を輩出できる体制作り」を
主張していたことを指摘している。
さらに黄教授の生い立ちや言動には、儒教の伝統が色濃い
韓国社会において「受ける」要素が多々あった。
極貧の家庭に生まれ、苦学しつつ学問の道に進み大成したという
経歴も、自分の研究のモチベーションに「愛国心」を挙げる態度も、
まさに韓国人好みだった。
大衆受けするキャラクターが巨大な業績を上げた時、
韓国政府も、教授に資金と施設、さらには名誉という
三つの面からのバックアップを惜しまなかった。
マスコミも黄教授の一挙一動を追いかけた。
マスコミ自身が熱狂したということもあったし、
何よりも黄教授を英雄扱いする記事は、
一般国民に好まれたからだ。
疑問を差し挟むような報道は、排除され消えていった。
【熱狂の結末は残酷だ。】
「そんな夢から覚めた後の数ヶ月は、まさに悪夢の連続だった。
(中略)
世論は真っ二つに分裂してしまった。
黄教授は最後まで自分に落ち度はないと抗弁し、彼の支持者たちは
インターネットや街頭で黄教授の無念な心情を声を張り上げ訴えた。
足の不自由な人を立ち上がらせる聖人のような黄教授のイメージは、
十字架を背負う像の上に上塗りされていった。ソウルの光化門を
埋め尽くした黄教授支持者たちの顔には、悲壮で清らかな表情が
浮かんでいた。
彼らは黄教授がこの試練を乗り越えて患者に福音を伝え、
大韓民国を超大国に導いてくれると本気で信じていた。」(本書p.150)
【野口英世との類似点と相違点】
だが、黄禹錫教授による論文捏造事件を「韓国社会の特殊性が
引き起こした事件」としてかたづけてしまってはいけない。
まず、我々の日本社会もかつてこれに似た現象を体験していることを
思い出そう。
言わずと知れた野口英世のケースだ。
渡米して研究を続けていた野口は1911年に梅毒の原因となる
梅毒スピロヘータの純粋培養に成功したと発表し、一躍有名になった。
1915年には一時帰国し、国内で野口ブームがわき起こった。
野口英世も黄教授同様、日本人好みの物語を背負っていた。
幼いころの火傷、その治療から医学を志す過程、息子を支えた母。
そしてまた、野口の経歴を追うと、彼が盛大に間違いを発表していた
ことに気が付く。
彼を有名にした梅毒スピロヘータの純粋培養は、
追試が成功しなかったことから後に否定されている。
小児麻痺の病原体特定、狂犬病の病原体特定、
黄熱病の病原体特定とワクチン開発といった業績もまた、
後年否定された。
現在、野口の業績として評価されているのは、
進行性麻痺が梅毒のせいであることを証明したことなど、
ごくわずかである。
野口英世と黄教授を分けるものは、誠実さだ。
野口は自分の研究結果を検証可能な形の論文で発表した。
一方、捏造を始めてからの黄教授は研究を
「ライバルに成果を持って行かれる。それは国家にとって損失だ」
として論文ではなく、一般マスコミ向けに発表した。
結果として「サイエンス」誌などに発表した数少ない論文が、
捏造の証拠となった。
この差をどうみるべきか。
「野口英世を黄教授と一緒にするな」という意見はあるだろう。
が、もしも野口が、誠心誠意の論文ではなく、一般向けの派手な
発表を行っていたら――今、我々は千円札の肖像画となった偉人ではなく、
医学史上の民族的汚点を抱えていただろう。
そこまでではなくとも、1915年の野口ブームの直後に、
彼の業績が追試によって覆されていたならば、
2005年に韓国国民が感じたような居心地の悪さを、
我々は90年先んじて味わっていたかもしれないのである。
【今も捏造は続く】
今現在、日本では論文捏造があちこちで発覚している。
東京大学では多比良和誠教授と川崎広明助手が論文捏造の疑いで
調査の対象となり、「大学の名誉と信頼を著しく傷つけた」という
理由で懲戒解雇となった。
大阪大学でも杉野明雄教授の論文捏造が発覚し、杉野教授が懲戒解雇された。
論文捏造は韓国特有の問題ではない。
我が国でも現在進行形の問題なのだ。
黄禹錫教授の事件には三つの要素が重なっている。
論文捏造、大衆受けするキャラクター、メディアと政府を巻き込んだ
社会全体の熱狂だ。
日本でも論文捏造は起きている。
テレビを見れば分かるように、大衆受けするキャラクターの
研究者は常に存在する。
野口英世のケースに見るように、日本社会でもかつて社会全体の熱狂が
起きたことがあった。
今後ともこの三つが重なることがないと言い切ることはできない。
キャラクターはその人の特有のありようで抑圧すべきものではない。
社会の熱狂は、そもそもどのようなきっかけで熱狂が起こるか
分からない以上、避けようがない。
だから、黄教授のような事件を防止するために、
もっとも確実な手段は論文捏造を防ぐことだ。
そして論文捏造が現に起きている以上、黄教授の事件は、海の向こうの
隣国の火事では済まない問題を、我々に突きつけてくる。
研究者、特に研究の第一線から離れて管理業務が多くなりつつある、
40代から上の研究者には是非とも読んでもらいたい一冊である。
松浦氏の書評に出てくる「大衆的キャラクター」という言葉には
ドキッとします。
上のほうでリンクを貼っているアマゾンのレビューでは
「アイドル」という言葉も見られました。
韓国での論文捏造事件を起こした教授は、
「大衆的キャラクター」にまでなっていた。
一方、日本で今回起こった論文不正問題では、
どうだったのか。
「オボチャン」と呼ばれることでも分かるように
それこそ、「アイドル」という言葉さえ当てはまりそうな
事態なのだ。
厳しい中で真っ正直な研究者達は、頑張っている。
だからこそ公正に「道理と手順に沿うべきだ」と言ってるだけ。冷静さが必要なのだ。
客観眼が必要なのだ。韓国で起こった、この黄禹錫教授の論文捏造事件だって、旅客船沈没事故だって、
ただ「他人ごと」のようにはいられない。
今の状況を見れば、「紙一重」なのだ。
どれもこれも。
韓国の失敗に学ばなくてはいけないと思う。
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